ウルトラちゃんぽん研究室

洋楽、洋画を中心に様々な情報を紹介

ビースティ・ボーイズのアダム・ヤウクを讃える体験型サイトが新たに公開




ビースティ・ボーイズのアダム・ヤウクの功績を讃える体験型サイトが新たに公開されている。
ビースティ・ボーイズの結成メンバーの1人であるアダム・ヤウクは、3年間にわたる癌との闘病生活の末に2012年に亡くなっている。享年47歳だった。


今回、ミュージシャンとしての彼のキャリアや功績を初め、映画やチャリティにおける功績などを見ることのできる「ザ・ハウス・ザット・ヤウク・ビルト」と題されたサイトが公開されている。アダム・ヤウクは音楽のキャリアの他に、映画会社「オシロスコープ・ラボラトリーズ」の設立を初め、映画やミュージック・ビデオの監督を務めたほか、チベットの独立を支援する非営利団体「ミラレパ基金」を設立したことでも知られている。
オシロスコープ・ラボラトリーズは現地時間8月2日にレッドブル・ミュージック・アカデミーと映像制作会社のメディアモンクスと共同で「ザ・ハウス・ザット・ヤウク・ビルト」を公開している。「ザ・ハウス・ザット・ヤウク・ビルト」については、最近までオシロスコープ・ラボラトリーズによって所有され、アダム・ヤウクのレコーディング拠点でもあったカナル・ストリート・スタジオという「歴史的な空間をファンが隅々まで探求することのできるデジタルの旅」と説明されている。
説明は次のように続いている。「ヴィンテージもののニーヴのサウンドボードから、オシロスコープのヴィジュアル作品、MTVのトロフィー、その他の貴重なアイテムに至るまで、訪れた人たちはビデオや写真、音源、文章を通して総合的な体験をすることができるようになるのです」
「ザ・ハウス・ザット・ヤウク・ビルト」では、俳優のセス・ローゲンがビースティ・ボーイズからの影響を語る映像や、バンドメイトのマイクDが同時多発テロ後に仕事に復帰することについて語る映像など、これまで未公開だった映像も観ることができる。


「ザ・ハウス・ザット・ヤウク・ビルト」のサイトはこちらから。
http://oscilloscope.redbullmusicacademy.com/panorama/main_01


ビースティ・ボーイズについては先日、回想録の詳細が発表されている。『ビースティ・ボーイズ・ブック(原題)』と題されたこの回想録には、女優のエイミー・ポーラーや小説家のコルソン・ホワイトヘッド、スパイク・ジョーンズ、ウェス・アンダーソン、作家のリュック・サンテらも参加しており、今年の10月30日に刊行される。

ザ・ビーチ・ボーイズ、ブライアン・ウィルソンやマイク・ラヴら5人が一堂に会した最新写真を公開



ザ・ビーチ・ボーイズのメンバー5人が、米ロサンゼルスにあるキャピトル・レコード本社のスタジオAに約55年ぶりに集結した。


「Billboard」によれば、現地時間2018年7月30日にブライアン・ウィルソン、マイク・ラヴ、アル・ジャーディン、デヴィッド・マークス、そしてブルース・ジョンストンの5人が揃ってインターネット・ラジオ局「SiriusXM」の番組「Town Hall」に出演したとのこと。


なお、5人が公の場で一堂に会すのは、2012年に開催されたバンドの50周年記念公演ぶりだという。


5人が揃った最新の写真はバンドのTwitterにて公開されている。

マドンナ、サッカー少年を持つ母親になり「自分の生活なんてないわよ」




サッカー選手を目指す息子デヴィッド君(12歳)に英才教育を受けさせたいと、昨年、アメリカからポルトガルへ移住したマドンナは、いまはサッカーに振り回される生活を送っているそうだ。



マドンナはイタリア版『Vogue』のインタビューでこう語った。「9月24日で13歳になる息子デヴィッドはずっとプロのサッカー選手になりたがっていたの。私は、彼を何としても最高のアカデミーに入れたかった。でも、アメリカのサッカーのレベルは他の国に比べて低い。彼がフラストレーション感じてるのがわかったし、いい時期だなとも思ったの。私たちには変化が必要だって感じてたのよ。しばらくアメリカを離れたかった。わかるでしょ、いまはアメリカにとって最良の時期ってわけじゃない」


デヴィッド君はポルトガルのベンフィカFCのユース・アカデミーに入会。サッカー中心の生活が始まったそうだ。「サッカー・ママなら誰でも、ある意味、自分の人生捨てる必要があるって実感してるでしょうね。だって、物事は毎週変わるし、試合も週末ごとに変動する。市内で行なわれるときもあるし、そうじゃないときもある。試合が土曜になるのか日曜になるのか、12時スタートなのかもっと遅いのか、木曜日の夜までわからないのよ。計画立てるなんて不可能。それで他の子供たちに不公平だって思うの。自分自身にとってもね!」


しかし、マドンナが子供たちに望むのは、成功したキャリアではないという。「よく“本当に息子を成功したサッカー選手に、長女をダンサー、長男を画家にしたいのか?”って訊かれるけど、私はいつも違うって答えているのよ。私は、子供たちには愛情にあふれ、思いやりと責任感がある人になって欲しいの。私が望んでいるのはそれだけ。どんな道を進もうが構わない。ただ、肌の色や宗教、性別に関係なく、尊厳とリスペクトを持って他の人たちに接するいい人になって欲しい。これが1番重要なことよ。わかるでしょ? もし彼らがピカソやクリスティアーノ・ロナウドみたいになれたら、素晴らしいことだけど、それはおまけに過ぎない」


マドンナ関連ニュースとして、8月16日、60歳の誕生日を迎える彼女は、これを記念し、マラウイの子供たちを支援する募金キャンペーンを開始した。8月終わりまでに6万ドル(約670万円)を集めるのを目標としている。Facebookから寄付ができる。

ジョン・フルシアンテ、フリーと仲良くボクシング観戦


2009年にレッド・ホット・チリ・ペッパーズを脱退して以来、元バンド・メイトと再会した様子はなく、2012年にバンドがロックの殿堂入りした際も式典に出席しなかったジョン・フルシアンテ(G)が、フリー(B)とボクシングの試合を観戦するところが目撃された。



ファンによるFacebookアカウント(Red Hot Chili Family)は、フルシアンテとフリーが笑顔を見せ合う2ショットを投稿した。2人は週末(7月28日)、LAで開かれた試合を観に訪れたそうだ。彼らが公の場に一緒に姿を見せるのは2007年のツアー以来だと言われる。


『Alternative Nation』によると、フルシアンテは昨年末、いつかレッド・ホット・チリ・ペッパーズに戻る日が来るかもしれないとファンに話したそうで、フリーとの再会だけに終わって欲しくないと期待する声も──。


フルシアンテ関連ニュースとして、彼が1度目にレッド・ホット・チリ・ペッパーズを脱退したとき(1992年)、後を引き継いだデイヴ・ナヴァロは最近、ポッドキャストでフルシアンテとの間に起きたある出来事について明かしていた。


「これ話しても、彼は気にしないだろうって願うよ。何年も前、俺がレッチリにいたとき、リハビリ施設に入っていたジョンから連絡もらったんだ。“ギター持って来てくれないか? ここにはプレイするものがないんだ”って言われた。俺はそのとき、ガンズ・アンド・ローゼズへの加入を考えていて、サンバースト・レスポールを持ってたんだ。俺はガンズ・アンド・ローゼズに加入しないかって誘われてたんだよ。時期が良くなかったんだけどさ。で、俺は施設にギターを持っていき、(ジョンに)“このレスポールを貸してやる”って言ったんだ。以来、そのギターは目にしていない。彼とは音信不通になった」


「それから10年後、ジョンから電話があり、“家に行ってもいいか?”って訊かれた。“もちろん”って答えたよ。で、やって来た彼はギター・ケースを持っていた。ギター・プレイヤーがギターを持ってギター・プレイヤーの家に来るのは別に珍しいことじゃない。彼がケースを開けると、そこにはブラックのレスポールが入ってた。そして、彼はこう言ったんだ。“これ、君にあげたいんだ。君は何年か前、僕にレスポールをくれたからね。僕はあれを売って、ドラッグを買った。ちゃんとしておきたいんだ”って。“ワオ”だよ」


「俺ら、数時間じっくり話した。クールなモーメントだった。そのブラックのレスポールはいまでも俺の家にある。彼が埋め合わせしようとしてくれたことが嬉しいんだ。彼が代わりにくれたレスポールのほうが元々持っていたものより特別に感じる」

ビリー・ジョエル、キャリア最後の公演は「ソファに寝転がってTVを見るだけ」


ビリー・ジョエルがライブ活動から引退するのはまだまだ先のことだが、彼はラスト・ツアーに関し素晴らしいアイディアを思いついたそうだ。




キャリアを振り返りヒット曲満載の中、ファンに感謝し、名残惜しくさよならを言うのではなく、「二度と来るものか!」と思わせたいという。


彼は、『Vulture』のインタビューでこう話した。「ステージ・セットは、リビングルームだ。ソファ、テレビ、コーヒーテーブル、食べ物を置いとく。で、僕とオーディエンスの間には防弾ガラスを設置する。ステージに現れた僕はソファに横になって、テレビを見始めるんだ。数分したら、オーディエンスは“なんだこれ”ってなり、ガラスに向かってものを投げつけるだろう」


どんなにブーイングが起ころうとも、ずっとそのままだそう。「僕は、オーディエンスとの間にこんな関係を築くわけだ。僕の公演のためには、もう二度と、絶対に一銭も払わないってね」


ジョエルは、いまは引退について考えていないが、過去にそういう思いがよぎったことは何度かあるという。しかし、「自分はこの世で最高の仕事に就いている。起きて、いっぱい音出して、女の子たちからキャーキャー言われ、お金が入る」と思い直したという。


2014年からNYマディソン・スクエア・ガーデンで毎月一回定期公演を開催中のビリー・ジョエルは、今月18日、同会場において前代未聞、通算100回目の公演を開いた